移動する空間 ―― 私たちの生活空間の地図作成に向けた断片
Espaces en déplacements : fragments d’une cartographie de nos espaces de vie
「私はあるがままのものを見せる」 マックス・シャルヴォラン
マックス・シャルヴォラン(Max Charvolen)の作品が呼び起こす第一印象は、しばしば共通している。鑑賞者は、得体の知れない、しかしどこか見覚えのある謎めいた物体を前にする。そして、あらゆる種類の仮説の構築が始まるのである。
長年、マックスの作品発表に際しての観客の反応を観察し、彼に捧げられたテキストを読み込んできた私は、まずそのアプローチの多様性に、次いで広く共有されているある印象の反復性に感銘を受けてきた。それは、これらの作品が、転移、移動、旅といったイメージを呼び起こすということだ。
アプローチの多様性については後述するとして、まずは「移動」の印象を誘発するものから始めたい。実のところ、移動はシャルヴォランの思想と手法の核心的な問題であるため、それはほとんど自明のことのように思える。ここでは作品に即して、手短にそのことを説明したい。
1960年代末以来、シャルヴォランは「作品」(造形的空間あるいは象徴的空間)と、それが制作・展示される「場所」(物理的空間、生活・仕事・展示の空間)との関係を追求してきた。この時期、彼はキャンバスを切り裂き、元の長方形を尊重することもあれば無視することもあり、断片化し、その断片を移動させ、完成した作品をいかに提示するか、また鑑賞者の位置によってどのような効果が生じるかを探求していた。
70年代末になると、その手法は過激化する。もはや完成した作品をどこかの空間に設置するのではない。選ばれた物理的空間を「型」として、そこに作品を構築していくのである。彼は布を両手で容易に扱えるサイズに断片化し、自分が「見せたい」場所(あるいは物体)にその断片を貼り付けていく。したがって、完成したキャンバスの形態は、それが制作された空間に依存し、その空間が文字通り「モデル(雛形)」となるのである。そのサイズは、アーティストの身体がその空間に対して、いかに「測定」し、動き、移動したかという関係性から生まれる。断片の着色は、処理されたモデルの各要素や面を区別するといった、多様な機能を担う。
この貼り付けによる被覆が完了すると、作品は乾燥のためにその場に残される。この段階は、場合によっては数年に及ぶこともある。その間、キャンバスは制作場所の使われ方に応じて、通り過ぎる足跡、埃、ゴミなどを取り込み、変容し続ける。 乾燥期間が終わると、キャンバスは支持体から剥ぎ取られる。この作業に費やされる身体的労力は想像に難くない。それは形作られた立体の記憶を、時には建築物の一部さえも伴って剥がれ落ちる。それは「皮膚」であり、「脱皮した殻」であり、「遺骸」である。シャルヴォランはそれを可能な限り平面的に提示しようとする。立方体で経験すれば分かる通り、立体を平面化するには特定の辺を切り開く必要がある。これは、物理的空間の三次元から造形的空間の二次元への、古典的な移行と見ることもできる。完成したキャンバスが展示される際には、その規格外の寸法や予期せぬ形状ゆえに、しばしば極めて異例の提示方法が問われることになる。
このように、シャルヴォランの手法そのものが「移動」の概念を内包している。対象を考察するための鑑賞者の移動、制作のためのアーティストの移動、断片の移動、そして、それらが形成された居住場所から展示空間へと至る、場所の「皮膚」の移動。さらに付け加えれば、シャルヴォランは個人のアトリエで制作するのではない。彼が足を踏み入れるあらゆる場所が彼のアトリエとなる。彼は「遊牧的(ノマド)」な芸術家なのである。
この奇妙な形態が、かつて私たちが知り、生活し、移動した空間と何らかの形で結びついていると感じさせるのはなぜか。それはアーティストの選択に依るところが大きいだろう。彼は、階段、扉、窓といった、私たちが立ち止まり、通り過ぎる「結節点」としての場所を選び出すのである。
シャルヴォランの唯一無二の手法は、60年代の分析的・批評的アプローチの問題を深め、美術史を貫く問いを扱っている。私たちが生きる世界、空間、物体の何を表現すべきか。いかに表現すべきか。どのような場所や文脈で。物理的な三次元空間から造形的な二次元空間へ、いかに移行するか。用いるサイズや形態をいかに正当化するか。絵画を通じていかに世界を報告し、思考するか。私たちの感性的な世界へのアプローチにいかに意味と根拠を与えるか。シンボルが象徴する根源である「私たちが動く物理的空間」の上に再構築することで、シンボルに再び意味(動機)を与えることは可能か。
シャルヴォランの仕事に関するアプローチや仮説の多様性について、その理由を明確にしておきたい。彼の仕事は、あらゆる分野の専門家の関心を引いてきた。美術史家のみならず、数学者、科学史家、詩人、小説家、先史学者、哲学者、記号学者などが名を連ねる。この多様性は、少なくとも一部は対象とする学問分野の多様性に起因する。ジャン・アルーイ(Jean Arrouye)は、それを見る者のパーソナリティにも求めている。「マックス・シャルヴォランの作品が常に強い印象を与えるのは、それが感性の深淵にある曖昧な領域を揺さぶるからかもしれない。(中略)彼の『発見(考古学的な意味での発掘と、創造的な意味での発明の両義)』したイメージは、常に想像力の漂流へと誘うのだ」。
ここで、いくつかの引用を散りばめた「アンソロジー(名文選)」を試みたい。興味深いことに、一見かけ離れた考察の中に「花」にまつわるメタファーが共通して現れる。
数学者のルネ・ロジ(René Lozi)は、モデルと作品の間で機能する情報の転移を分析する中で、こう述べている。「(前略)マックス・シャルヴォランの40年間の制作を貫く統一性を捉えようとしたとき、一つのメタファーが私の心に定着した。それはキショウブ(アイリス)の繁殖である。(中略)水面を一年間漂いながら発芽力を保つ種子、そして再浮上する前に地下で活動を続ける根茎(リゾーム)。人は花に惹かれ、それを眺め、称賛し、分解し、植物標本にしようとする。しかし、地下の根茎は私たちの目を逃れ、また別の花を咲かせるのである」。
これに呼応するように、ミシェル・ビュトール(Michel Butor)のテキストは、意表を突く一文で始まる。「古代エジプトの権力者が、死の向こう側へ親しい者たちを連れて行こうと望んだとき、彼は彼らを墓の壁面に浮き彫りや絵画として刻み込み、その姿勢や職業を可能な限り特定できるようにした」。 さらに彼は、シャルヴォランの作品の平面化を、切り抜いて組み立てる子供向けのペーパークラフトになぞらえた後、こう述べる。「(前略)それは、給仕長がキジの四肢を解体するように、各面を切り離していく行為である。しかし、後の物体をより強固にするために、平面上で展開できる接合部はすべて保持される。得られた形態は、私たちが見慣れた家具や道具の、しばしば予期せぬ『展開図』となる。各面を切り離して見れば認識できるが、全体としては、日常のオブジェが単なる『種子』であったかのような、ある種の『開花(フロレゾン)』を生み出すのである」。
「開花」だけではない。「皮膚」というイメージも、記号学者のニコル・ビアジョーリ(Nicole Biagioli)の筆から自然に溢れ出す。「シャルヴォランの『皮膚=痕跡』は、その創造の時空と、後の連続する展覧会の時空を連通させる。そのため、作品の定義にはその展示方法(アクロシャージュ)をも含める必要がある。場所を変えるたびに、作品は新たに生まれ変わるのだ」。
この皮膚のイメージをさらに推し進め、歴史家のレナート・バリッリ(Renato Barilli)は、時空の動きを裏付けるような予期せぬ光景を提示する。「シャルヴォランは、巨大な獲物を仕留めた後、その死骸の周りに跪き、肉と骨の塊に固着した極めて厚い皮を剥ぎ取ろうとするハンターのように振る舞う。(中略)布を切り裂き、隙間を開け、手首の力でそれを広げ、苦労して引き剥がそうとするハンター=芸術家の凄まじい疲労」。 これは、フランソワ・ジュヌ(François Jeune)のテキストのタイトル「マックス・シャルヴォラン、現代の洞窟壁画(アート・パリエタル)」を見事に想起させる。ラスコー4(洞窟の複製施設)において、ジャン=ポール・ジュアリー(Jean Paul Jouary)が、先史美術と対話する現代アーティストの一人としてシャルヴォランを選んだのも不思議ではない。
このアンソロジーを切り上げ、多くの他のアプローチを沈黙の中に残さねばならないのは残念だが、私にとって重要と思われる道を最後にもう一つ示したい。それは、元美術館館長で詩人のクロード・フルネ(Claude Fournet)の言葉である。 「階段であれ、窓であれ、扉であれ、そこに堆積し、変形し、適合するものが『絵画』を成す。(中略)何かが一致し、また一致しない。それは画家であり、画家ではない。それを過剰に表現し、同時に沈黙させる。住まいの場所は、神秘と詩の場所でもある」。
「詩」という言葉が発せられた。最後にジャン・アルーイの言葉を借りて、このアンソロジーを締めくくろう。 「(キャンバスを剥がし取る操作において)元の場所のトポグラフィー(地形)の知覚は失われる。それはまるで詩人ジャン・トドラーニが言うように、『物体がその形態や用途という監獄から解放される』かのようである。それによって作品は詩的な次元を獲得する。なぜなら、マルク・シャドゥルヌが想起させるように、『詩は、現実がその権利を失う場所から始まる』からである」。 そしてミシェル・ビュトールは、シャルヴォランに捧げたテキストにこう題した。「私たちの夢の家(La maison de nos rêves)」。
ラファエル・モンティセリ - Raphaël Monticelli












