2026年6月25日から7月25日まで、Ceysson & Bénétière Parisにて、Claude Viallatの近年制作された約10点の作品を発表します。
使い込まれた布地に反復して配されたフォルムは、〈フォルム〉そのものの起源、さらには芸術の起源を想起させます。Claude Viallatはこうして、近代美術とモダニティの基盤を揺さぶります。作品が制作されるたびに、彼は先史時代へと立ち返ります。正確には、彼自身の先史時代へ、そして実在したわけではないものの、彼自身が思い描き、形づくり、自らのものとした原初性へと向かうのです。それは、西洋近代が築いてきた略奪的な「プリミティヴィズム」と並行しながらも、それに対抗するかたちで構築された独自の原初性です。
このようにして彼は、自らの芸術を絶え間ない循環、採集、拾集の営みへと導いてきました。美術史のあらゆる「瞬間」――アンリ・フォシヨンが「膨張」と呼んだもの――を横断しながら、自身の絵画の真実を追求し、その過程で出会うあらゆる要素を結びつけ、適応させ、自らの表現の中へと取り込んできたのです。
ピカソについて語られる「パスティーシュ(創造的引用)」という概念を借りるならば、Claude Viallatもまたパスティシュール(引用する者)であると言えるでしょう。近作はそのことを明確に示しています。そこでは、アンリ・マティスの《赤いアトリエ》に見られる具象的な構成が呼び起こされ、自身の表現へと取り込まれているからです。その結果、布地の支持体に現れるあらゆるモチーフと、それを刻印するフォルムは、Claude Viallat独自の絵画的対象へと変貌します。
それらは装飾的でもなく、具象的でもありません。また抽象でもありません。ただそこに存在しています。絵画的な真実として存在しているのです。それぞれの支持体の中で、それぞれのフォルムは自らの存在を示し、主張します。そして毎回、その表面や物質性と結びつきながら現れます。やがて単なる「記号」となるほどにまで。
その無数の変奏のなかで、この〈フォルム〉は一貫して自らの役割を明らかにしています。それは、色彩の強度と充溢をもたらすことです。印章や標章、刻印や紋章のようなモチーフとして際限なく増殖することによって、またほとんど自己生成ともいえる展開によって、さらに時にはネガティブ・フォームを強調する輪郭線を伴った色彩のリズムによって、Claude Viallatの作品は私たちを画面の前に立ち止まらせる特有の瞬間を生み出します。
私たちはその作品に捉えられ、同時に高みへと引き上げられます。それは、かつてマティスの芸術が私たちを導いたあの眩暈にも似た感覚を、意識的かつ見事に乗り越える体験です。そして今、私たちは再びその感覚へと導かれます。それは、史上屈指の色彩家の一人による唯一無二の芸術によってもたらされるものです。
それこそが、Claude Viallatの芸術なのです。
ベルナール・セイソン『Claude Viallat : sa Forme a soixante ans(クロード・ヴィアラ ― フォルム、60年の歩み)』(2026年)より抜粋。





